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現代美術

2019年9月26日 (木)

「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」・・・現代アート高騰の秘密

Basquiat2019
大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』192回
晩夏の午後、美術館に行く。
ジャン=ミシェル・バスキアは、ニューヨークで生まれ、彗星のごとく一世を風靡して、10年間活動し3000点のドローイングと1000点以上の絵画作品を残して、病気で27歳で亡くなった。*(Jean-Michel Basquiat、1960年12月22日—1988年8月12日)。バスキアは、アンディ・ウォーホル1928年8月6日—1987年2月22日)に憧れていた。バスキアは、初期は怒りを表現していたといわれる。バスキアは、何を表現しているのか。
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現代藝術作品の価値と価格
藝術作品の価値は、どこにあるのか。作品の価値と価格とは異なる。画家バスキアは、なぜ評価されるのか。現代アート高騰の裏には、どのようなカラクリがあるのか。ジェフ・クイーンズの作品は、リアルさと情熱があるといわれる。バスキア作品は、圧倒する存在感があるという人がある。ZOZO前社長、前澤友作氏所蔵バスキア「無題」は123億円でサザビーズで落札された。
何を以って成功とするのか。人生の成功は地位と金であるとほとんどの人は考える。努力と才能で人生を切り開くのは至難である。人生を成功に導くのは、何か。地位と金ととコネか。
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現代美術高騰の魔術
藝術においても、成功は資本とカラクリによって作られる。そこには多数の詐欺師が存在して関与する。トマ・ピケティ『21世紀の資本』は、格差拡大の要因として「r>g」を示した。「R(資本収益率)>G(経済成長率)」、一部の階層が莫大な資産を独占し、格差が生じている。一部の階層が受け継いだ資産を元にして成功を独占している。「弁護士と知識人は、80%が詐欺師だ」(A.Kruger)。
「アメリカでは、ギャラリー経営者や評論家、コレクターたちが協力して有望なアーティストを発掘し市場価値を引き上げるシステムが構築されていて、そこに世界の投機マネーが流れ込んでいる」*1。「弁護士と知識人は、8割が詐欺師だ」(A.Kruger)。
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藝術家と思想家
現代藝術家の存在、生き方、考え、精神、言語力、ライオフスタイル、人脈、財力、どこに価値があるのか。「イケムラ・レイコ展」国立新美術館、「クリスチャン・ボルタンスキー ―Lifetime」国立新美術館、「塩田千春展:魂がふるえる」森美術館、これら展覧会を見たが、迷う。どこに価値があるのか。現代美術作家が表現するのは何か。
何を以って成功とするのか。人生の成功は地位と金であるとほとんどの人は考える。努力と才能で人生を切り開くのは至難の業である。
思想家において、思想は、この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、魔術である。敵との闘争における武器である。思想家は人生の戦いにどう挑み、逆襲するのか。美のイデアのための戦いである。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
ジャン=ミシェル・バスキア「オニオン・ガム」1983年
ジャン=ミシェル・バスキア「フーイー」1982年 高知県立美術館蔵
ジャン=ミシェル・バスキア「炭素/酸素」1984年
ジャン=ミシェル・バスキア「温度」1982年
ジャン=ミシェル・バスキア「無題」1985年 世田谷美術館蔵
ジャン=ミシェル・バスキア「プラスティックのサックス」1984年
ジャン=ミシェル・バスキア「無題」前澤友作氏所蔵
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参考文献
「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」 ディーター・ブッフハート (編集)、グルーヴィジョンズ (その他)
*1「ウサギの彫刻」に100億円!? 現代アート高騰の舞台裏
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4332/index.html
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1980年代のアートシーンに、彗星のごとく現れたジャン=ミシェル・バスキア。
わずか10年の活動期間に、新たな具象表現的な要素を採り入れた2,000点を超すドローイングと1,000点以上の絵画作品を残しました。その作品は、彼自身の短い人生を物語るかのように、非常に強烈なエネルギーであふれているだけでなく、20世紀のモダニズム美術の流れを踏まえ、ジャズやヒップホップ、アフリカの民俗や人種問題など、黒人画家ならではの主題を扱っています。そのため、没後ますます名声が上昇し、今や20世紀美術最大の巨匠の一人として確固たる地位を占めるにいたりました。
本展では、バスキア研究の世界的権威ディーター・ブッフハート氏が、こうしたバスキアと日本との多方面にわたる絆、そして日本の豊かな歴史や文化がその創作に及ぼした知られざる影響を明らかにします。世界各地から集めた約130点の絵画やオブジェ、ドローイングで構成された、日本オリジナルで、日本初となる本格的な展覧会です。
https://macg.roppongihills.com/jp/news/2019/04/2193/
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「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」、森アーツセンターギャラリー、9月21日(土)~11月17日(日)

2017年6月22日 (木)

ジャコメッティ展・・・「夕日の影」の思い出

Giacometti2017Ombra_della_sera大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
ジャコメッティの細長い彫刻を見ると、2千年前のエトルリアの彫刻、「夕日の影」を思い出す。二千年の時の流れを超えるものは何か。
トスカーナを旅した日々。ピサ、フィレンツェ、サン・ジミニャーノ、シエナ、オルヴィエート、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。エトルリアの彫刻「夕日の影」(ヴォルテッラ)には、孤独な人間の姿がある。
ジャコメッティは、エトルリアの彫刻から影響を受けていない。ジャコメッティは、独自に1945年から有名な細長い彫刻を生みだす。ジャコメッティが手に入れたまったく新しい彫刻の形。「人間の本質に迫る、虚飾を一切取り払って極端に細くなった像」。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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永遠を旅する哲学者、時を超え、黄昏の丘を超えて、美へ旅する。
マエストロ究極の夢は何か。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保 正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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「夕日の影」ヴォルテッラ、トスカーナの思い出
エトルリア文明と20世紀文明、二千年の時の流れを超えるものは何か。
「オンブラ・デッラ・セーラ」(夕刻の影)紀元前3世紀、銅製。(ヴォルテッラ、グアルナッチ・エトルリア博物館)。夕日の影は、少年の像のようである。
「夕日の影」(Ombra della Sera)と名付けたのは、詩人ダヌンツィオである。男性の裸体、57、5センチの高さ。ミケランジェロ家が所有していた記録がある。紀元前5~1世紀作の石棺、骨壺など埋葬品多数展示(グアルナッチ・エトルリア博物館)。
ジャコメッティ彫刻「ヴェネツィアの女」「立つ女」に似ている。ヴェネツィアの女の立ち姿の夕日の陰のようである。
ヴィスコンティ『熊座の淡き星影』Vaghe stelle dell'orsa
ヴォルテッラVolterraはヴィスコンティの映画『熊座の淡き星影』の舞台の町である。ギリシア悲劇ソポクレス『エレクトラ』が原型である。ニューヨークに行く途中故郷ヴォルテッラに立ち寄る。女優クラウディア・カルディナ-レが、颯爽とスポ-ツカ-に乗ってエトルリア門前に登場する。かつてはピアニストで今は病む母親、姉弟の近親相姦、燃え尽きる小説「熊座の淡き星影」。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
★参考文献
『エトルリア文明 古代イタリアの支配者たち』知の再発見双書
『ヴィスコンティ集成 退廃の美しさに彩られた孤独の肖像』1994
http://www.villasensano.it/blog/the-bronze-symbol-of-volterra/
国立新美術館『ジャコメッティ展図録』2017
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アルベルト・ジャコメッティの軌跡
Alberto Giacometti, (1901年10月10日 - 1966年1月11日)。1901年スイスに生まれる。1922年、20歳でパリに出たジャコメッティ。ルーヴル美術館で見た古代エジプトやエトルリア美術、民俗学博物館で出会ったアフリカやオセアニア彫刻の造形から影響を受ける。1930年、ジャコメッティの作品を見たサルバドール・ダリとアンドレ・ブルトンにシュルレアリスム運動に誘われ、シュルレアリスム展に参加。1933年の父の死後、頭部を作り始めるようになり、1934にはシュルレアリスムと決別。1935年、ジャコメッティはモデルに基づく彫刻を試みる。小さな像の時代。1945年からジャコメッティの代表作といえる細長い彫刻を作り始める。女性立像、歩く男、指差す男、倒れる男、群像。ジャコメッティ展、
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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展示作品の一部
アルベルト・ジャコメッティ「歩く男Ⅰ」1960年、ブロンズ、183 × 26 × 95.5 cm、マルグリット&エメ・マーグ財団美術館、サン=ポール・ド・ヴァンス
「ヴェネツィアの女Ⅰ」1956年 、ブロンズ 、106 × 13.5 × 29.5 cm、マルグリット&エメ・マーグ財団美術館、サン=ポール・ド・ヴァンス
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★「ジャコメッティ展」国立新美術館、6月14日から9月4日まで
国立新美術館にて2017年6月14日(水)から9月4日(月)まで
豊田市美術館 2017.10.14(土)- 12.24(日)
http://www.nact.jp/
http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/

2017年1月18日 (水)

孤高の画家、長谷川潔 大地の果てへの旅

Hasegawa_alexandre_19301951大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
孤高の画家、長谷川潔 大地の果てへの旅
時の止まった静謐な空間。幻想的な典雅な世界。南欧の美しい風景。「黒には七色ある」と語る黒を極めた画家。
孫崎享氏の家でみた長谷川潔『森陰の道』(油彩)。昏い森陰の道のかなたに碧空がみえる。憂愁の彼方に理想がみえる。画家の心象風景。長谷川潔『ヴォルクスの村』油彩(1930)の時代の作品だろうか。この時代、画家はトレドに旅している。荒寥たる大地の果てになにをみたのか。岡鹿之助の静謐な美の世界を感じる。孤高の画家、孤高の旅人、長谷川潔。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-02f4.html
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長谷川 潔(1891年- 1980年)
1913年(大正2年)に文芸同人誌『仮面』に参加。表紙や口絵を木版画で製作。日夏耿之介、堀口大學の本の装幀も担当した。日夏耿之介『転身の頌歌』『黒衣聖母』『黄眠帖』3冊の詩集が限定330部で制作された(第一書房)。
後年、1925年、『月下の一群』(堀口大学訳詩集)表紙(1925 木口木版)『日夏耿之介定本詩集』表紙・エキスリブリス(1925)が出版された。
1918年(大正7年)、銅版画技法習得のため渡仏。1919年4月4日にパリに到着するが、静養のため10月から南フランスに約三年間滞在。
1924年 デュフィの勧めで独立画家・版画家協会に入会。マニエール・ノワールを研究。
1926年 サロン・ドートンヌ版画部門の会員となる。
1934年「マルキシャンヌの村(東ピレネーの村)」(1934 ポアント・セーシュ)
1980年、89歳で死す。
★長谷川潔の油絵作品
1920年代後半から30年代にかけて制作された。
長谷川潔「マルキシャンヌ」油絵
http://nagai-garou.com/contents/3f/2928
長谷川潔、油彩画「修道院の古塔(ラグラス)
http://cardiac.exblog.jp/d2012-02-02/
長谷川潔、油彩「トレド」8号1929
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★長谷川潔、マニエール・ノワール
「アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船」1930
「摩天楼上空のポアン・ダンテロガシオン号」1930
★岡鹿之助『遊蝶花』1951
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『京都国立近代美術館所蔵[長谷川潔作品集]』光村推古書院2003
「生誕100年記念 長谷川潔展」京都国立近代美術館( 1991 )
「生誕120年記念 長谷川潔展」横浜美術館2011年

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