無料ブログはココログ

印象派

2017年8月26日 (土)

藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女

Georges_seurat__un_dimanche_aprsmid大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第124回 ジョルジュ・スーラ
藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女
師のいない未知の世界に冒険した藝術家。世界を旅し、旅路で果てた画家。過酷な運命との戦い、貧乏な藝術家たち。世に受け入れられなかった藝術家たち。苦悩のた画家たちは、何と戦い、何に復讐しようとしたのか。
ジョルジュ・スーラは、不朽の絵画『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を構築した。モネは運命の女、カミーユに出逢う。
運命の女。藝術家たちを救う女神は、どこにいるのか。美しい女神が、舞い降りる。
デ・キリコ、ダリ、ポール・デルボー、ルネ・マグリット、ピカソ。
―――
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
―――
藝術家は運命と戦う。藝術家は運命に苦悩する。運命との戦いの中から藝術は生まれる。
藝術家は、運命の女と出会う。運命の恋人は女神である。運命の愛から、藝術は生まれる。
*大久保正雄『藝術と運命との戦い』
大久保正雄『藝術家と運命の愛』
よい師に出会うことは人生において重要である。だが、求めて優れた師に出会うことはまれである。どんなに絶望的な状況でも、知性をもって、戦い続けることだ。『旅する哲学者 美への旅』
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
―――
ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat, 1859-1891)
ジョルジュ・スーラは、点描画を極め、天才的な才能をあらわしたが、世に認められず。25歳で傑作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』1884を2年かけて描く。「パリ近郊のセーヌ川の中州で夏の一日を過ごす人々」を描いた。60人以上の人が描かれている。1886年5月、第8回印象派展(最後の印象派展)に出品された。「新印象派」neo-impressionismeという名称は、この作品を見た批評家フェリックス・フェネオンが記事の中で最初に使った。筆触分割と補色対比、点描画法の第一人者。モネに嫉妬された。31歳で死す。秘密主義を貫き、私生活の多くは謎である。病死であるが、死因も不明である。作品は、8点残した。
モネと運命の女、カミーユ
モネは、『印象、日の出』1872を描き、印象派impressionismeの祖と曲解された。
1879年、ヴェトゥイユでカミーユ・モネは32歳の若さで夭折。妻カミーユの死後、富裕な人生を歩む。ジョルジュ・スーラなき後、スーラの技法を用いて、画家として成功した。富裕になり贅沢な生活を送った。晩年、若死にしたスーラの呪縛で悩まされたが、富裕な後半生を生きた。
グランド・ジャット島の日曜日の午後 (1884-86)(シカゴ美術館)
アニエールの水浴 (1883-84)(ロンドン、ナショナルギャラリー)
サーカス (1890-91)(オルセー美術館)
ポーズする女(正面)(1886-87)(オルセー美術館)
ポール・アン・ベッサンの外港 (1888)(オルセー美術館)
アンサンブル(サーカスの客寄せ)(1887)(メナード美術館)
Sunday Afternoon on the Island of la Grande Jatte,1884- 1886
Port En Bessin Entrance To The Outer Harbor,1888
Claude Monet, 1840- 1926、86歳で死ぬ。
クロード・モネClaude Monet, 1840- 1926、86歳で死ぬ。
―――
参考文献
ハーヨ・デュヒティング『ジョルジュ・スーラ-1859-1891 点に要約された絵画- 』タッシェン・ジャパン2000
パスカル・ボナフー『ゴッホ―燃え上がる色彩』知の再発見双書
ゴッホ『星月夜』・・・生命の糸杉と天への回帰
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-16aa.html
没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった、国立新美術館
2010年10月1日(金)~12月20日(月)まで
印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで、国立新美術館、2013年10月4日(金)~12月23日(月・祝)
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-5ed6.html
クロード・モネ『日傘の女』・・・カミーユの愛と死
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-2d7c.html
新印象派―光と色のドラマ、東京都美術館
http://www.tobikan.jp/exhibition/h26_neoimpressionism.html
ベルギー、奇想の系譜、ザ・ミュージアム・・・怪奇と幻想うごめくフランドル
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-09fb.html
シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-62f4.html
『地中海紀行、旅する哲学者 美への旅』第124回

2017年8月 1日 (火)

クロード・モネ『日傘の女』・・・藝術家と運命の女、カミーユの愛と死

Monetpromenade_1875Monetterrasseクロード・モネ『日傘の女』・・・藝術家と運命の女、カミーユの愛と死
藝術家は運命と戦う。藝術家は運命に苦悩する。運命との戦いの中から藝術は生まれる。
藝術家は、運命の女と出会う。運命の恋人は女神である。運命の愛から、藝術は生まれる。
*大久保正雄『藝術家と運命との戦い』
クロード・モネ(Claude Monet, 1840—1926)。若き日、貧困にあえぐ。愛する女の死と悲しみから藝術が生まれる。
貧乏画家のモネはカミーユと恋に落ち、子供が生まれる。モデルを雇うお金がないモネの描く人物画は、カミーユがモデルを務めている。
1879年、モネの妻カミーユ32歳で死す。のちに、支援者の令嬢18歳のシュザンヌ・オシュデを描く。
1859、19歳でパリに行き、カミーユ・ピサロに出会う。
1866年、恋人カミーユ・ドンシューを描く。『カミーユ、緑衣の女』1866,サロンに出展、絶賛される。1867年、カミーユ、未婚のままモネとの間に長男を出産、1870年にようやく結婚した。
1867、モネ『海辺のテラス、サンタドレス』。
1871年、アルジャントゥイユに移る。
モネ『印象 -日の出(Impression, soleil levant)』1872年。1874年、第1回、印象派展に展示。
クロード・モネ『日傘を差す女、 カミーユとジャン・モネ』1875年。
1875年7月、カミーユは当時不治の病だった結核にかかり、
1879年、カミーユ(1847—79旧姓カミーユ・ドンシュー)は32歳の若さで死ぬ。モネ、39歳。
以後、人物画を描くことはまれになった。モネはその後1892年に再婚。
*大久保正雄『藝術家と運命との戦い』
―――
藝術家は運命と戦う。藝術は運命に苦悩する。運命との戦いの中から藝術は生まれる。
藝術家は、運命の女と出会う。運命の恋人は女神である。運命の愛から、藝術は生まれる。
*大久保正雄『藝術家と運命との戦い』
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
―――――
モネ『散歩、日傘をさす女』(La promenade, La femme à l'ombrelle)1875年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー
アルジャントゥイユの草原に立ち日傘をさす女性は、当時の妻カミーユ・ドンシュー(カミーユは1879年に死去し、モネはその後1892年に再婚する)。傍らに添う幼児は長男ジャン(当時5歳)をモデルに制作。
モネ『日傘の女』『戸外の人物習作(右向きの日傘の女)』(Essai de figure en plein air, dit Femme à l'ombrelle toumée vers la gauche)1886年、オルセー美術館
『戸外の人物習作(左向きの日傘の女)』(Essai de figure en plein air, dit Femme à l'ombrelle toumée vers la droite)1886年オルセー美術館
印象派の庇護者オシュデ夫妻の三女で、当時18歳のシュザンヌ・オシュデをモデルにジヴェルニー近郊のオルティエ島の土手に立つ人物を描いた。
―――――
★モネ『死の床のカミーユ・モネ』1879
モネ『印象 -日の出(Impression, soleil levant)』1872年, Musée d'Orsay
モネ『海辺のテラス、サンタドレス』Terrasse a Sainte-Adresse,1867, Metropolitan NY
モネ『カミーユ、緑衣の女』1866,サロンに出展、絶賛される。
モネ『庭のカミーユと子供』1875,ボストン美術館
1874年─パリ「第一回印象派展」とその時代、1994年9月20日- 1994年11月27日、国立西洋美術館
―――
モネ大回顧展、国立新美術館、2007年4月7日―7月2日
新印象派 光と色のドラマ、東京都美術館、2015年1月24日―3月29日
印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで、国立新美術館、2013年10月4日(金)~12月23日(月・祝)
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-5ed6.html
没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった、国立新美術館 2010年10月1日(金)~12月20日(月)まで
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-fbc5.html
「オルセー美術館展2010 ─ポスト印象派」国立新美術館、2010年5月26日-8月16日
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/2010-2445.html

2016年11月22日 (火)

ゴッホ『星月夜』・・・生命の糸杉と天への回帰

Van_gogh_starry_night_1889Gogh_harvest_1888地中海の糸杉の丘の上に、神殿が聳える。糸杉の町の夜空に、星が降る。星降る夜、生命は天界へ回帰する。
糸杉は生命の象徴であり、星月夜は天界を意味する。『星月夜』は天界への回帰を意味しているのか。生死の境をさまよった藝術家たち。星空に生命界と宇宙の一体を観じる人。
ハープ協奏曲のように心がうっとりする書物を書くこと。病院の病床で、魂が癒される言葉を書くことが、天に徳を積む仕事である。*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
ゴッホは、1888年、南仏に行ってから、生命の燃焼する絵画を描く。麦畑、花咲く野、カフェテラス、果樹園、跳ね橋。『夜のカフェテラス』、『ラ・クロの収穫』、『種まく人』、『アルルの跳ね橋』。『星月夜』、『糸杉と星のみえる道』に、鮮烈な心象風景が刻まれている。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、迷宮図書館に行く。糸杉の丘、知の神殿。美しい魂は、光輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
宮澤賢治は、ゴッホの糸杉に共感した。宮澤賢治『春と修羅』(mental sketch modified) 1924に、糸杉が現れる。糸杉と星月夜が二人を結びつける。
【天に徳を積む仕事】
天に徳を積む仕事がある。困っている人を助けること。人の心を豊かにすること。世に埋もれている才能を光ある場所に送り出すこと。これは小人にはできない、天人の仕事である。*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
【人間性】
いかに高級な藝術、料理を楽しんでも人間性は高くならない。人を高めるのは困っている人を助けること。人の心を癒すこと、豊かにすることである。
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
【夭折した藝術家】
「たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ。」ゴッホの言葉
「愛は永久不滅だ。姿形を変えることはあるが、本質は決して変わらない。」ゴッホ
「輝く天の仕事もするだろう」宮澤賢治『春と修羅第二集』
ゴッホ(1853-1890)は、27歳から37歳まで、数万点の絵を描いたが、1枚しか売れず。1888年アルルに住み、鮮烈な絵を描き始める。37歳で死ぬ。
宮澤賢治(1896—1933)は、28歳の時『春と修羅』『注文の多い料理店』を出す。37歳で病死する。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より「宮澤賢治 輝く天の仕事 美への旅」
https://t.co/MCQLkf9YVW
―――――
ゴッホ(Vincent van Gogh1853-1890)は、1877年、画家になることを決意した。1886年、ファン・ゴッホはパリに出る。印象派の輝く色彩と新印象派の点描技法に強い影響をうけ、第8回印象派展に参加した。1888年2月末、ファン・ゴッホはパリの喧騒を離れ、南仏アルルに移り住む。南仏の強い光のもと傑作の数々を生み出す。ゴッホの人生は、1988—90に凝縮されている。
★ゴッホ『夜のカフェテラス』1888、『ラ・クロの収穫』1888、『種まく人』1888、『アルルの跳ね橋』、『ひまわり』、『黄色い家』1888、『星月夜』1889、『糸杉と星のみえる道』1890、『夕暮れの風景』1890、『ドービニーの庭』1890、『オーヴェールの教会』『からすのいる麦畑』1890
―――――
「夜空の星をみているといつも夢見心地になるが、それは地図の上で町や村を表す黒い点を見てあれこれと夢想することに近い。何故、夜空に輝く点にはフランス地図の上の点のように近づくことができないのか不思議に思う ~中略~ 僕らは死によって星へと到達するのだ」http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/gogh.html
―――――
19世紀パリの画家
マネ、ドガ、パリのブルジョワ絵画、1860年、パリの銀行家
Manet, Degas,
印象派、1874年
モネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ピサロ、シスレー
Monet, Renoir, Cezanne, Degas, Camille Pissarro, Sisley
新印象主義、1886以後
ジョルジュ・スーラ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン
Georges Seurat, Cezanne,Gogh,Gauguin
ジョルジュ・スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』1884
Georges Seurat, 1859-1891、31歳で死す。
Vincent Van Gogh.1853-1891 37歳で死す。
―――――
ゴッホとゴーギャン展、東京都美術館、2016.10.8(土)~12.18(日)
ゴッホ展、孤高の画家の原風景、東京国立近代美術館、2005.3.23-5.22
印象派を超えて、点描の画家たち、国立新美術館、2013.104~12.23
没後120年「ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」国立新美術館 2010年10月1日~12月20日
「新印象派、光と色のドラマ」、東京都美術館、2015.1.24-3.29
★ゴッホ『星月夜』1889, Metropolitan Museum, New York
★ゴッホ『ラ・クロの収穫』1888

最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30