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仏教

2017年7月18日 (火)

「タイ、仏の国の輝き」東京国立博物館・・・暁の寺、唯識の幻

20170704深緑の森を歩いて、博物館に行く。ナーガ上の仏陀坐像、熱帯の森の沈黙。バンコクの暁の寺(Wat Arun)の幻想が蘇る。
永遠を旅する哲学者、時を超え、黄昏の丘を超えて、美へ旅する。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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高校時代の読書、三島由紀夫『暁の寺』(1970)を思い出す。第一部の時代は1941年(昭和16年)から終戦の1945年(昭和20年)まで。本多繁邦は、バンコクで7歳の王女・月光姫と出会う。月光姫は主人公を見ると懐かしがる。黙って死んだお詫びがしたいと言う。仏教の輪廻転生、唯識の世界に足を踏み入れ、戦争中、宗教書を読みあさり研究に没頭する主人公の憂愁。
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ナーガ上の仏陀坐像、火焔飾りの黄金の仏陀像、仏陀遊行像をみると詩を思い出す。
思想は一つの意匠であるか 鬱蒼としげつた森林の樹木のかげで. ひとつの思想を歩ませながら. 佛は蒼明の自然を感じた. どんな瞑想をもいきいきとさせ. どんな涅槃(ねはん)にも溶け入るやうな. そんな美しい月夜をみた。「思想は一つの意匠であるか」佛は月影を踏み行きながら かれのやさしい心にたづねた。*萩原朔太郎「思想は一つの意匠であるか」
上座部仏教(Theravada Buddhism)の国タイ。タイ族前史の古代国家、タイ黎明期のスコータイ朝、国際交易国家アユタヤー朝、現王朝のラタナコーシン朝における仏教美術の名品。
仏教の原始教団は、多くの部派に分裂し、部派仏教がうまれた。その中で、最も厳格に戒律を守り、伝統を継承しようとした保守派を上座部という。上座(thera)とは教団内の指導的な長老を意味する。
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展示作品の一部
「ナーガ上の仏陀坐像」スラートターニー県チャイヤー郡ワット・ウィアン伝来
シュリーヴィジャヤ様式 12世紀末~13世紀、バンコク国立博物館蔵
「法輪」スパンブリー県ウートーン遺跡第11号仏塔跡出土、ドヴァーラヴァティー時代 7世紀、ウートーン国立博物館蔵
「仏陀坐像」スコータイ県シーサッチャナーライ郡ワット・サワンカラーム伝来、スコータイ時代 15世紀、サワンウォーラナーヨック国立博物館蔵
「仏陀遊行像」スコータイ県シーサッチャナーライ郡ワット・サワンカラーム伝来
スコータイ時代 14 ~15世紀、サワンウォーラナーヨック国立博物館蔵
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識体の転変
第八識、阿頼耶識は、大円鏡智に転じる。
第七識、末那識は、平等性智に転じる。
★転識得智 9識は、金剛頂経の説く瞑想法(五相成身観)によって各々五智に転じる。
大日如来の知恵 五智如来の知恵
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-0e2c.html
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★タイ、仏の国の輝き、東京国立博物館
2017年7月4日(火) ~ 8月27日(日)
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1848

2016年11月 7日 (月)

禅-心とかたち、東京国立博物館・・・不立文字

Sesshu_ekadanpi_15c秋の森を歩いて、博物館に行く。禅の美は、無の美である。龍安寺の石庭の枯山水。雪舟「秋冬山水図」「慧可断臂図」「山水長巻」を思い出す。
落花は意ありて流水に随い、流水は心なくして落花を送る。禅の言葉には「不立文字」「以心伝心」「八風吹不動」「一期一会」「無」がある。心を以って心を伝える。伝えられる心とは何か。『無門関』『涅槃経』『碧巌録』『臨済録』、無の思想の源泉は何か。
禅の言語活動は、問答という形をとって展開するが、問答形式では禅の無意味性がむき出しになる。ある僧が趙州禅師に問うた。「如何なるか是れ祖師西来の意」。趙州答えて曰く「庭前の柏樹子」。(井筒俊彦「禅における言語的意味の問題」『意識と本質』)
禅の思想は「不立文字」、「言無展事」である(洞山守初)。言語は存在をあますところなく提示することができない。(井筒俊彦「禅における言語的意味の問題」『意識と本質』)ここから、禅は言語不信の迷路を迷走する。
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、迷宮図書館に行く。糸杉の丘、知の神殿。美しい魂は、光輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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仏教の修業は、戒定慧、その一つ禅定。六波羅蜜における布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智は、菩薩行である。達磨が印度から中国に伝来し、唐時代、臨済義玄によって広げられ、鎌倉時代、日本に伝来した。禅は、禅定、精神統一の教えである。密教の身密、口密、意密の一つ。
戦国時代、武将たちは、臨済宗の僧に知恵を求めた。織田信長は比叡山延暦寺焼討を行ったが、信長の名は、僧沢彦宗恩による。信長「天下布武」は臨済宗妙心寺派の僧沢彦宗恩の教示による。旧制度、公家寺家の利権を破壊することが目的である。策彦周良は、禅と中国文化を教えた。南化玄興は、「山を安土と名づくは、太平の兆し」と述べた。北条早雲には以天宗清、武田信玄には快川紹喜、徳川家康には以心崇伝、禅僧のブレーンがいた。
雪舟
禅宗、臨済宗ゆかりの藝術家には、雪舟、若冲がいる。雪舟は至高の画家と呼ばれ、若冲は奇想の画家と呼ばれる。雪舟は、臨済宗、宝福寺で出家した。和尚に柱に縛りつけられる。雪舟は、涙を足でこすって鼠の絵をかいた。(狩野山雪、永納『本朝画史』)
雪舟の真筆は、23件36点。山下裕二(逸脱の画聖、ほんとうの雪舟へ『芸術新潮』2002、3)
雪舟(応永27年(1420年)-永正3年8月8日(1506年))、室町時代に活動した水墨画家・禅僧。「雪舟」は号で、諱は「等楊」と称した。備中に生まれ、京都相国寺で修行した後、大内氏の庇護のもと周防に移る。その後、遣明船に同乗して中国(明)に渡り、李在より中国の画法を学んだ。
代表作、「四季山水図(山水長巻)」1486「秋冬山水図」「天橋立図」「破墨山水図」1495「慧可断臂図」15世紀。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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■展示作品
「慧可断臂図」雪舟等楊筆 室町時代 明応5年(1496)愛知・齊年寺蔵
坐禅をする達磨に向かい、神光(のちの慧可)という僧が弟子となるべく己の左腕を切り落とす場面。画面全体を覆い尽くす重々しい岩壁と、刻まれたレリーフの如く微動だにしない両者の姿。異様な静寂が緊張感を生み出し、隔絶した雰囲気。雪舟77歳の大作。
「臨済義玄像」一休宗純賛 伝曾我蛇足筆 室町時代 15世紀 京都・真珠庵蔵
臨済宗の宗祖、臨済義玄(?-867)は、棒や喝を用いる峻烈な家風、「臨済将軍」とも評される。この臨済像は、通常の禅僧肖像画の穏やかな表情と異なり、怒るように眉間に皴を寄せ、眼を剝いている。口を開いて一喝し、拳でこちらの胸を突く雰囲気。顔や手の表現により、臨済禅の激しい家風が示されている。
「織田信長像」狩野永徳筆 安土桃山時代 天正12年(1584)京都・大徳寺蔵
足利義昭から許された桐紋と織田家の木瓜紋を配した肩衣袴姿に脇差をさし、扇子を握って上畳に座る信長の肖像。細面に切れ長の目、眉間の皺が意志の強さと神経質な性格をあらわす。信長の葬儀が行われた大徳寺塔頭総見院に伝来し、信長と豊臣秀吉の寵愛を受けた狩野永徳が、信長の三回忌法要のために描いたと考えられる。本図の下に別の信長像が描かれていたことが確認され、何らかの理由で描き直された姿で完成された。
「十八羅漢坐像の羅怙羅尊者」范道生作 江戸時代 寛文4年(1664)京都・萬福寺蔵
羅漢(阿羅漢)はアルハットを音写した、釈尊の弟子のなかで、その教えをよく理解した優れた修行者。その一人の羅怙羅尊者は、釈尊の実子。顔が醜かったとも伝えられる羅怙羅だが、心には仏が宿っていることを自分の胸を開いてみせる。本像は、中国人仏師・范道生の作。黄檗宗を日本に伝えた隠元が求めたのは、このような中国風の像。
「瓢鮎図」大岳周崇等三十一僧賛 大巧如拙筆 室町時代 15世紀 京都・退蔵院蔵
禅に傾倒した室町幕府第四代将軍、足利義持が「丸くすべすべした瓢簞で、ぬるぬるした鮎をおさえ捕ることができるか」というテーマを出して、絵を如拙に描かせ、詩を五山の禅僧たちに詠ませ、衝立に仕立て座右に置いていた。この作品の当初の姿。現在は掛幅に改装。如拙は応永年間(1394-1428)に京都の相国寺を拠点に活躍した禅僧画家。この作品は室町時代初期の水墨画の名作、禅宗界の絵画様式と主題が、将軍家や武家社会など禅宗界の外縁に広がる。
「大仙院障壁画 四季花鳥図」狩野元信筆 室町時代・永正10年(1513) 京都・大仙院蔵
「南禅寺本坊小方丈障壁画 群虎図」狩野探幽筆 江戸時代・17世紀  京都・南禅寺蔵
「呂洞賓図」雪村周継筆 室町時代・16世紀 奈良・大和文華館蔵
「油滴天目」建窯 中国 南宋時代・12~13世紀 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
「無準師範像」国宝 自賛 中国 南宋時代・嘉煕2年(1238)京都・東福寺蔵
「蘭渓道隆坐像」重要文化財 鎌倉時代・13世紀 神奈川・建長寺蔵
「達磨像」白隠慧鶴筆 江戸時代・18世紀 大分・萬壽寺蔵
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1807
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臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念
特別展「禅―心をかたちに―」東京国立博物館
平成館2016年10月18日(火) ~ 2016年11月27日(日)
http://zen.exhn.jp/
★雪舟「慧可断臂図」15世紀。

2015年3月19日 (木)

「インドの仏 仏教美術の源流」・・・仏陀の秘密

Gupta_buddha黄昏の丘を越えて、桜の森に行く。午後の博物館。愛を語る午餐の宴。ガンダーラ美術はギリシア的美があり、微笑みを湛えて美しい。グプタ彫刻は洗練の美がある。
黄昏時にはこの世が、苦悩する者も楽しめる者も、夢か幻のように、溶けて消え、夕闇の空に霧のように昇る。夕暮れの諧調。
美への旅、大久保正雄『ふしぎな美術館』より
仏陀は、カピラ城に生まれた。29歳の時、出家する。6年間修行して、菩提樹の下で悟りを開いた。「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦」。
仏陀は、人生を苦と見た。シッダルタは、カピラ城の城門を出て、老病死に出会う。北門を出て修行僧に出会い、出家の意思を固める。シッダルタは、人生を苦と見た。『四門出遊』。諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦。出典「瑜伽師地論」『四法印』。生老病死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦。四苦八苦がある『四苦八苦』。苦の原因は、十二縁起。無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死→(無明に繋がる)。『十二縁起』。
仏陀の秘密、大久保正雄『旅する哲学者』より
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★主要な展示作品
9 仏伝「出家踰城」 パキスタン、ロリアン・タンガイ クシャーン朝・2世紀頃
19 仏坐像 パキスタン、ロリアン・タンガイ クシャーン朝・2世紀頃
20 仏頭 パキスタン・タキシラ、チルトープ クシャーン朝・2世紀頃
24 仏立像 インド・ウッタルプラデーシュ州、サールナート グプタ朝・5世紀頃
30 弥勒菩薩坐像 パキスタン、ロリアン・タンガイ クシャーン朝・2世紀頃
50 カサルパナ観音立像 バングラデシュ・ラージシャーヒー、チョウラパーラ パーラ朝・11-12世紀頃
53 金剛法菩薩坐像 インド・ビハール州 パーラ朝・9世紀頃
54 金剛薩埵菩薩坐像 インド・ビハール州 パーラ朝・11世紀頃
55 摩利支天立像 インド・ビハール州 パーラ朝・11世紀頃
56 仏頂尊勝坐像 インド・ビハール州 パーラ朝・11世紀頃
59 八千頌般若波羅蜜多経 女尊 東インド、バレンドラ・ブーミ派 パーラ朝・11世紀頃
72 五護陀羅尼経 不空成就如来 東インド、バレンドラ・ブーミ派  14世紀頃
74 五護陀羅尼経 密呪随持明妃 東インド、バレンドラ・ブーミ派  14世紀頃
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特別展「コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美術の源流」東京国立博物館
3月17日(火)~5月17日(日) 表慶館
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1701
アジア有数の規模を誇る、コルカタ・インド博物館の所蔵品。仏教の生まれた地・インドの美術品を通して、美術の源流をたどる展覧会。
東京国立博物館「インドの仏 仏教美術の源流」プレスリリース
http://www.tnm.jp/uploads/r_press/114.pdf
★これまでのインド仏教美術展
インド・マトゥラー彫刻展、パキスタン・ガンダーラ彫刻展、東京国立博物館
2002年10月29日(火)~12月15日(日)
☆gupta buddha

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