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2021年12月16日 (木)

柳宗悦没後60年「民藝の100年」・・・「白樺」と「アーツ・アンド・クラフツ」

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大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』262回

松本民芸家具、北海道民芸家具、仙台家具、シェーカー家具の椅子を数十年使っている。家の南の部屋に東寺観智院「五大虚空蔵菩薩の護符」がある。木仙作「神の除魔木でこ」が守る書庫の片隅に、鎌田幸二 作 油滴天目茶碗、バカラのアルクール・ワイングラス、江戸切子、京都たち吉の志野焼茶碗がある。ウィリアム・モリス「アーツ・アンド・クラフツ」、『地上の楽園』『世界のはての泉』を思い出す。
「民藝」とは「民衆的工芸」の略語である。柳宗悦、濱田庄司、河井寬次郎、バーナード・リーチ、芹沢銈介、富本憲吉らは、無名の職人による暮らしに息づく道具類を「民藝」と名付け、そこに美を見出した。
■「白樺」、東と西が出会う場所
宗教哲学者、柳宗悦(1889-1961)は、詩人ウィリアム・ブレイク研究に情熱を注ぎ、1904年研究書を出版した。
1910年、柳宗悦は「白樺」に参加する。「宗教家としてのロダン」を発表。「白樺」同人たちが、我孫子に移住した背景には、アーツ・アンド・クラフツがある。1919年、富本憲吉が柳宗悦邸内のバーナード・リーチ陶房を訪ねてやってきた。「白樺」の核となる出版と展覧会活動、ミュージアム構想が触媒となり、人的ネットワークが数珠つなぎに形成される。図録「民藝の100年」P24。
民藝の樹 民藝の三つの柱 ミュージアム、生産と流通、出版。
■「アーツ&クラフツ」ウィリアム・モリス
デザイナーで思想家、詩人ウィリアム・モリス(1834-96)は、ラファエル前派のD.G.ロセッティやエドワード・バーン=ジョーンズらが参加したモリス・マーシャル・フォークナー商会(のちにモリス商会)を中心に、装飾芸術をめぐって活発な活動をロンドンで繰り広げた。1887年には運動の名称ともなったアーツ&クラフツ展協会が創設された。ザイン運動「アーツ&クラフツ」は、産業化・工業化が進む時代を背景に、失われた手仕事の良さを見直し、自然や伝統に美を再発見する。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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参考文献
図録「民藝の100年」2021
「生活と芸術 アーツ&クラフツ展」ウイリアム・モリスから民芸まで・・・いちご泥棒、Morris,Strawberry Thief
https://bit.ly/3DVSAEN
「ザ・フィンランドデザイン 自然が宿るライフスタイル」2021
「生活と芸術 アーツ&クラフツ展」ウイリアム・モリスから民芸まで、東京都美術館2009
「民藝の100年」・・・「白樺」とアーツ・アンド・クラフツ
https://bit.ly/3q0QG0R
――
「民藝を柳の思想の結晶と見るのではなく、近代の実践的な活動として3つの手法でとらえなおす」と、担当の花井久穂学芸員は説明する。
3つの手法とは、民藝をモダンな文脈の中で生まれたものとして「近代100年」という歴史の中で位置づける、ローカルなネットワークと共に展開した社会運動としてとらえること、そして「出版」「美術館」「流通」と3つのメディアを駆使した「編集」の手法に注目することである。
民藝運動の3つの柱「ミュージアム/出版/生産-流通(ショップ)」を図示したデザイン。雑誌『月刊民藝』創刊号の最初のページに掲載された。メディアを駆使して布教する民藝同人たちの手法は、今でも学べることがある。
新しい美の概念を表す言葉「民藝」が作られてから約100年。単なる言葉やモノだけでは100年続く概念にはなり得ません。そこには巧なメディア戦略と地方の人・モノ・情報をつないだローカルなネットワークがあった。
「国家、近代、美術館」と対立する「地方、前近代、民藝」を提唱する柳宗悦没後60年、の展示である。
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/mingei100/
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柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」東京国立近代美術館、2021年10月26日(火)~2022年2月13日(日)

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