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2019年12月24日 (火)

ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年・・・シニェイ・メルシェ・パール『紫のドレスの女』

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大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第201回
ハンガリー絵画を見ると思い出す。ハプスブルグ帝国の旅、ドナウの薔薇、ブダペストの思い出。夏の嵐の夜のドナウ河クルーズ。ブダペストで、ドナウ河クルーズした。夏の嵐の日、雷鳴の鳴る夜。今は、美しい思い出。
ブダの丘とペストの町、鎖橋、ブダの丘から眺める、ドナウ河と国会議事堂、マーチャーシュ教会、イシュトヴァーン大聖堂。金髪のハンガリー美女が案内してくれた。ハプスブルグ帝国を旅した青春の日々。夏の離宮、シェーンブルン宮殿。
――
150年前、オーストリア=ハンガリー二重帝国と外交関係が結ばれた。1869年(明治2年)10月18日、日墺洪修好通商航海条約に調印、外交関係を樹立してから150周年。
開会式テープカットで、ハンガリー特命全権大使、パラノビチ・ノルバート氏が、ハンガリーのモナリザと呼ぶ、「紫のドレスの婦人」子供のころから家でこの絵を見ていたと語る。
シニェイ・メルシェ・パール『紫のドレスの女』1874
――
【ヨーロッパの果ての絵画】ハンガリー画家、ハンガリー秘蔵の絵画。
シニェイ・メルシェ・パール(Szinyei Merse Pál)「ひばり」1882、
シニェイ・メルシェ・パール「気球」1878
ロツ・カーロイ(Lotz Karoly)「春 リッピヒ・イロナの肖像」1894
ギュスターヴ・ドレ(Gustave Dore )「白いドレスの若い女性」1883
チョントヴァーリ・コストカ・ティヴァダル(Csontváry Kosztka Tivadar)「アテネの新月の夜、馬車での散策」1904
ベルナート・アウレール「リヴィエラ」1927
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
――
★展示作品の一部
ティツィアーノ《聖母子と聖パウロ》1540年頃、油彩/カンヴァス、ブダペスト国立西洋美術館
チョントヴァーリ・コストカ・ティヴァダル《アテネの新月の夜、馬車での散策》1904年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
ヴァサリ・ヤーノシュ《黄金時代》1898年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
シニェイ・メルシェ・パール《紫のドレスの婦人》1874年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
シニェイ・メルシェ・パールは、19世紀後半から20世紀初頭のハンガリー近代絵画の展開に先駆的な役割を果たし。ミュンヘンの美術アカデミーで絵画を学び、パリを訪れたことはなかったが、印象派と類似する絵画表現を独自に追求した。初期の代表作である《紫のドレスの婦人》、結婚したばかりの妻ジョーフィアをモデルとして描かれたこの絵画、「今日ハンガリーで最も魅力的な名画として愛されている」とハンガリー大使は紹介した。
制作当時は、「草木の黄緑色とドレスの紫色の強い対比」ゴッホのような補色関係が不評を招いた。斬新な表現は理解されなかった。
1870年代、パリの印象派の画家たちは、着飾った都会の男女が野外で余暇を楽しむ近代生活の様相を新たな主題として開拓した。シニェイ・メルシェ・パールは独自に同じ試みに取り組んだと解説される。
不釣り合いなカップル 老人と若い女
ルカス・クラーナハ(父)《不釣り合いなカップル 老人と若い女》1522年、油彩/ブナ材、ブダペスト国立西洋美術館
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
ルカス・クラーナハ(父)《不釣り合いなカップル 老人と若い男》1520-22頃
ルカス・クラーナハ(父)、ザクセン選帝侯の宮廷画家として名声を博し、大工房を率いた。クラーナハが描いた年齢差のある男女の組合せ―「不釣り合いなカップル」は、16世紀の北方ヨーロッパの風刺文学や絵画で愛好された主題。年老いた男は、着飾った美しい娘の体に嬉しそうに手を回しているが、女が自分の財布に手を入れていることには気づいておらず、女の誘惑の力を強調する。「老女と若い男」を描いた。2点の《不釣り合いなカップル》。
エル・グレコ《聖小ヤコブ(男性の頭部の習作)》
1600年頃、油彩/カンヴァス、ブダペスト国立西洋美術館
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
エーゲ海のクレタ島出身、スペインのトレドで活動したエル・グレコは、神秘的な宗教画のほか、肖像画でも名声を博した。この作品は、尖った耳や窪んだ目元、顔立ちの細部が刻銘に描写されている、画家の自画像とみなされたこともあった。
クロード・モネ《トゥルーヴィルの防波堤、干潮》
1870年、油彩/カンヴァス、ブダペスト国立西洋美術館
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
《トゥルーヴィルの防波堤、干潮》は、印象派の描き方を模索し始めた頃のモネの様式をよく伝える重要な作品です。1870年6月にカミーユ・ドンシューと結婚したモネは、ハネムーンで訪れたノルマンディーの海岸の街トゥルーヴィルで夏の数か月を過ごし、浜辺の風景を数多く描いた。
フランツ・リストの肖像
ムンカーチ・ミハーイ《フランツ・リストの肖像》1886年、油彩/カンヴァス、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
ハンガリー近代絵画の巨匠ムンカーチ、1872年からパリで活躍し、大成功を収めた。当初は冷徹なレアリスムの風俗画を描いていたが、1874年に貴族階級の女性と結婚して後、華麗な社交生活を送り、富裕なブルジョワ婦人の生活情景や肖像画も描く。ムンカーチ夫妻は政治家や芸術家を自邸に招き、社交を楽しむのを常とした。客人には、ハンガリー出身の高名な作曲家、ピアニストのフランツ・リストも含まれていた。リストは1886年3月にパリに滞在した際、ムンカーチ邸で開かれた歓迎の祝宴でピアノを演奏した。この4カ月後、リストは74歳でその生涯を閉じた。
リップル=ローナイ・ヨージェフ《赤ワインを飲む私の父とピアチェク伯父さん》
1907年、油彩/厚紙、ブダペスト、ハンガリー・ナショナル・ギャラリー
©Museum of Fine Arts, Budapest-Hungarian National Gallery, 2019
国立新美術館
https://www.nact.jp/exhibition_special/2019/budapest2019/
――
参考文献
ハプスブルク家、600年にわたる帝国・・・旅する皇帝と憂愁の王妃
https://bit.ly/2Q14xnz
ハプスブルク家、600年にわたる帝国コレクションの歴史・・・黄昏の帝国
https://bit.ly/2C7rE7K
クラーナハ展、500年後の誘惑・・・透明なヴェールの女、女の策略
https://bit.ly/38PptVl
THEハプスブルク 華麗なる王家と美の巨匠たち・・・黄昏のウィーンの思い出
https://bit.ly/2obtPA4
『ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年』図録2019
――
日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念、ブダペスト国立西洋美術館 & ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵
ブダペスト—ヨーロッパとハンガリーの美術400年、国立新美術館、12月4日(水)~2020年3月16日(月)

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