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2017年1月18日 (水)

孤高の画家、長谷川潔 大地の果てへの旅

Hasegawa_alexandre_19301951孤高の画家、長谷川潔 大地の果てへの旅
時の止まった静謐な空間。幻想的な典雅な世界。南欧の美しい風景。「黒には七色ある」と語る黒を極めた画家。
孫崎享氏の家でみた長谷川潔『森陰の道』(油彩)。昏い森陰の道のかなたに碧空がみえる。憂愁の彼方に理想がみえる。画家の心象風景。長谷川潔『ヴォルクスの村』油彩(1930)の時代の作品だろうか。この時代、画家はトレドに旅している。荒寥たる大地の果てになにをみたのか。岡鹿之助の静謐な美の世界を感じる。孤高の画家、孤高の旅人、長谷川潔。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-02f4.html
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長谷川 潔(1891年- 1980年)
1913年(大正2年)に文芸同人誌『仮面』に参加。表紙や口絵を木版画で製作。日夏耿之介、堀口大學の本の装幀も担当した。日夏耿之介『転身の頌歌』『黒衣聖母』『黄眠帖』3冊の詩集が限定330部で制作された(第一書房)。
後年、1925年、『月下の一群』(堀口大学訳詩集)表紙(1925 木口木版)『日夏耿之介定本詩集』表紙・エキスリブリス(1925)が出版された。
1918年(大正7年)、銅版画技法習得のため渡仏。1919年4月4日にパリに到着するが、静養のため10月から南フランスに約三年間滞在。
1924年 デュフィの勧めで独立画家・版画家協会に入会。マニエール・ノワールを研究。
1926年 サロン・ドートンヌ版画部門の会員となる。
1934年「マルキシャンヌの村(東ピレネーの村)」(1934 ポアント・セーシュ)
1980年、89歳で死す。
★長谷川潔の油絵作品
1920年代後半から30年代にかけて制作された。
長谷川潔「マルキシャンヌ」油絵
http://nagai-garou.com/contents/3f/2928
長谷川潔、油彩画「修道院の古塔(ラグラス)
http://cardiac.exblog.jp/d2012-02-02/
長谷川潔、油彩「トレド」8号1929
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★長谷川潔、マニエール・ノワール
「アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船」1930
「摩天楼上空のポアン・ダンテロガシオン号」1930
★岡鹿之助『遊蝶花』1951
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『京都国立近代美術館所蔵[長谷川潔作品集]』光村推古書院2003
「生誕100年記念 長谷川潔展」京都国立近代美術館( 1991 )
「生誕120年記念 長谷川潔展」横浜美術館2011年

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コメント

第一書房版「定本詩集」の表紙云々とあるのは誤解を招きそうです 日夏の処女詩集『転身の頌』は詩人と画家ふたりの終生の結縁を飾る出発点となったもので、後年、第2詩集『黒衣聖母』、及び新たに結集した『黄眠帖』と合せて当座の定本としたものが第一書房版です

floraamicaさま
ありがとうございます。日夏耿之介に、お詳しいですね。
訂正しました。今後ともよろしくお願いします。

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