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2018年1月11日 (木)

美術館スケジュール2018年・・・旅する哲学者 美への旅

Ninnaji2018大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第133回
帝国主義の雰囲気が濃厚になりつつある今。この世界はファシズムの嵐が吹き荒れるのか。
春の首都の美術館を彩る美術館は、ルネサンス、バロック、密教美術。ベラスケス、ブリューゲル、ミケランジェロ、藤田嗣治、ルーベンス。人類の知的遺産を、生きる原動力にして、生きよう。愛のない世界に理念を実現するために。
再び、自由主義者が弾圧される時代が来るとは思わなかった。孫崎享先生も同意していた。思想家、文化人が弾圧される時代。大逆事件の幸徳秋水処刑1910年、甘粕事件の大杉栄1923年9月16日、二・二六事件の北一輝1936年、小林多喜二の獄中死1933年。近衛文麿失脚1941年。
――
人生とは、あなたが出会う人々であり、その人たちとあなたが作り出すもの。
だから、待っていないで何か作ることをはじめなさい。
人生は短い。情熱を身にまとい、自分の愛と夢を生きよう。
――
富とは、お金で買えないものをどのくらい持っているかである。
お金で家は買えるけれど家庭は買えない。
お金で本は買えるけれど知識は買えない。知性は買えない。
お金で学校は買えるけれど学問は買えない。
お金で血は買えるけれど命は買えない。
お金で時計は買えるけれど時間は買えない。
お金で地位は買えるけれど尊敬は買えない。
―――
1月
「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」Bunkamura ザ・ミュージアム、1月6日—3月11日
「仁和寺と御室派のみほとけ」東京国立博物館、1月16日-3月11日
「ブリューゲル展」東京都美術館、1月23日~4月1日 *豊田市美術館、札幌芸術の森美術館。
「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝」東京国立博物館1月23日(火) -3月18日(日)
2月
「「ルドン―秘密の花園」三菱一号館美術館2月8日(木) —5月20日(日)
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」国立新美術館、2月14日-5月7日 *九州国立博物館、名古屋市美術館。
「プラド美術館展」国立西洋美術館、2月24日-5月27日 *兵庫県立美術館。
3月
「ヌード NUDE」横浜美術館、3月24日-6月24日
「東西美人画の名作 序の舞への系譜」東京藝術大学大学美術館 3月31日-5月6日
4月
「名作誕生 つながる日本美術」東京国立博物館、4月13日-5月27日
「プーシキン美術館展」東京都美術館、4月14日-7月8日 *国立国際美術館。
「生誕150年 横山大観展」東京国立近代美術館4月13日-5月27日 *京都国立近代美術館。
「特別展 京のかたな」京都国立博物館、9月29日-11月25日
5月
「ルーヴル美術館展 肖像芸術」国立新美術館、5月30日-9月3日
6月
「ミケランジェロと理想の身体」国立西洋美術館、6月19日-9月24日
「ミラクル エッシャー展」上野の森美術館6月6日-7月29日
7月
「特別展 縄文」東京国立博物館 7月3日-9月2日
「モネ それからの100 年」横浜美術館、7月14日-9月24日
「没後50年 藤田嗣治展」東京都美術館、7月31日-10月8日*京都国立近代美術館。
9月
「京都・醍醐寺 真言密教の宇宙」サントリー美術館 9月19日-11月11日
「特別展 京のかたな」京都国立博物館、9月29日-11月25日
10月
「フェルメール展」上野の森美術館、10月5日-2019年2月3日 *大阪市立美術館。
「ルーベンス展」国立西洋美術館、10月16日-2019年1月20日
「ムンク展」東京都美術館、10月27日-2019年1月20日
「没後40年 熊谷守一」東京国立近代美術館 開催中-3月21日
「生誕150年記念 横山大観 東京画壇の精鋭」山種美術館、1月3日-2月25日
――
大久保 正雄『ことばによる戦いの歴史としての哲学史 理性の微笑み』理想社
http://bit.ly/2BGiuwX
http://bit.ly/2zEiAV9
2017美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅
http://bit.ly/2zBC7ED
2018新春、春風駘蕩・・・旅する哲学者 美への旅
http://bit.ly/2ClhVxg
美術館めぐり・・・美術館の迷路
http://bit.ly/2qBJf51

2018年1月 1日 (月)

2018新春、春風駘蕩・・・旅する哲学者 美への旅

Titian_venus_of_urbino大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第132回
1、時を超える不滅の魂
美しい魂は、永劫回帰の時を超える。時を超えて蘇る。北斎は、九十歳で死ぬまで絵を描きつづける。
2、理念を追求する精神は知性によって運命と戦う
理念を追求する精神は、知性によって運命と戦い、地上に美を成就する。メディチ家のプラトン・アカデミーは1499年に滅びる。しかし、逆境の時を超え、滅亡から400年後蘇る。
3、復讐する精神
理念を追求する精神は、運命と戦い、運命に復讐する。美しい魂は、逆境に屈せず、理念を追求する。偉大な精神は、復讐を果たす。
織田信長は、織田信行の二度目の謀反に復讐を果たし、人生の冒険に旅立つ。弘治三(1557)年、信長24歳。アレクサンドロスは、父王フィリッポス2世を側近貴族によって暗殺、復讐を果たして人生の旅に旅立つ。偉大な精神は、復讐を果たして大願成就する。
深淵から蘇る魂
一流の人間だけが一流の才能を評価する。高島野十郎は、終生家族を持たず、師もなく、画壇とも関わらず、画壇や世に背を向け、売れもしない精密な写実画を黙々と描き続けた孤高の画家。没後30年、脚光を浴びる。『傷を負った自画像』(1916*)
4、夢の果てを追いつづける
天正十(1582)年、六月一日。織田信長は、本能寺で、茶会を開き、天下三肩衝を披露する予定だった。本能寺の変により天下三肩衝を手に入れる夢は幻と消える。*初花肩衝、新田肩衝、楢柴肩衝。
5、美しい魂は、本質を探求する。
美しい魂は、現象に欺かれず、本質を探求する。
人が本当に見ることができるのは心によってだけである。本質は、目で見えない。大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
6、思想の歴史は、二千年の戦いの歴史である。
思想の歴史は、物質主義と本質主義、経験主義と合理主義、義務倫理学と価値倫理学、全体主義と自由主義の二千年に亙る戦いの歴史である。*大久保正雄『ことばによる戦いの歴史としての哲学史』
7、永遠を旅する哲学者、イデアへの旅
存在の彼方に、善と美のイデアがある。存在の根拠は美と善である。人間存在の秘密は、たんに生きることにあるのでなく、何のために生きるかである。*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
8、美を探求する精神史
黄昏時、夕暮れの光の中で『美の精神史』を執筆する。美を求める旅は、精神の旅である。美の精神史の旅。時の彼方、回帰する時を超えて、イデアへの旅。理念を追求する精神を求めて旅に出る。理念を追求する精神は、現実と戦う。理念を追求する人は弾圧される。しかし、死を超えて、美しい魂は蘇り、戦いを始める。
メディチ家の悲劇。織田信長の悲劇。プラトンの悲劇。空海の旅。嵯峨天皇の隠遁。王羲之の蘭亭の曲水宴。魂の美を探求したレオナルド。知性の美を探求したミケランジェロ。理念を追求する人の戦い、天への祈り。
本能寺の幻の茶会、安土城の七層の天主、信長の果たさざる夢。メディチ家の果たさざる夢。ロレンツォの歌を思い出す。
9、メディチ家の果たさざる夢。ロレンツォの歌
青春とは何と美しいものか。だが見る間に過ぎ去ってしまう。美しい時を楽しみなさい。明日は定めなきものゆえ。
Quant’è bella giovinezza,che si fugge tuttavia!,chi vuol esser lieto, sia:
di doman non c’è certezza.
Canzona di Bacco, Trionfo di Bacco e Arianna, 1490
――

大久保 正雄『理念を探求する魂の精神史』『美の精神史』
藝術家と運命の戦い
【レオナルド・ダ・ヴィンチ】生後まもなく孤独に生きていく。13歳でヴェロッキォ工房に弟子入り。苦節三十三年、46歳でミラノにて『最後の晩餐』を完成。47歳の時、フランス軍、ミラノ占領。48歳で放浪の旅に出る。64歳、フランス王の招きでアンボワーズ、クルー城に行く。三枚の絵画をイタリア使節に披露。67歳で死去。
【葛飾北斎】葛飾北斎、三十歳で貧困、苦節四十年。72歳で『富嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」。七十五歳の時に、名を変え「画狂老人卍」を用いる。『富嶽百景』「海上の不二」、『鳳凰図屏風』(1834)を描く。九十歳で『富士越龍図』『李白観瀑図』1849年を描く。「齢九十歳 画狂老人卍筆」。 北斎最期の言葉は「天我をして五年後の命を保ためしハ真正の画工となるを得べし」。嘉永二(一八四九)年四月十八日没。
【真の富】富とは、お金で買えないものをどのくらい持っているかである。お金で家は買えるけれど家庭は買えない。お金で本は買えるけれど知識は買えない。お金で学校は買えるけれど学問は買えない。知性は買えない。
――
【織田信長の復讐】弟信行は信長が病気との報を受け、11月2日に清洲城へ信長を謀殺に行った。清洲城北櫓天主次の間で信長の命を受けた河尻秀隆ら、池田恒興らによって返り討ちされた。弘治三(1557)年、信長24歳。
――
【プラトン・アカデミー】コジモ・デ・メディチは、1439年ギリシア人哲学者からプラトン哲学の奥義を聴き、アカデミア・プラトニカ設立を思い立つ。
コジモ・デ・メディチは、1459年カレッジ別荘をマルシリオ・フィチーノに託す。アカデミア・プラトニカ始まる。
【プラトン・アカデミーの終焉】ロレンツォ1492年死去。ポリツィアーノ、ミランドラ、1494年、毒殺されて死す。フィチーノ1499年死去。
【レダ】レオナルド『レダ』17世紀1694年まで、フォンテーヌブロー宮殿所蔵品目録に存在した記録がある。
――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
――
参考文献
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
メディチ家年代記 メディチ家礼拝堂の幽明境
https://t.co/jfr10GQn6W
メディチ家の容貌、ルネサンスの美貌 理念を追求する一族
http://bit.ly/2kSINKR
戦国武将、織田信長 骨肉の抗争
http://bit.ly/2l7FlKH
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
http://bit.ly/2jcAF6D
大久保正雄「メディチ家とプラトンアカデミー」『ルネサンスの美と世界遺産』
https://t.co/yxlgRpwirV
「愛と美の迷宮、ルネサンス、メディチ家と織田信長」
https://t.co/J6q12oMYUX

2017年12月27日 (水)

2017美術展ベスト10・・・旅する哲学者 美への旅

Unkei2017Leda_melzi_uffizi大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第131回
白夜の季節、ヨーロッパへ旅した。白夜の黄昏の町で友と会い、失われた美女の絵画を探しに行く。東欧の果て、美術館の回廊の奥にルネサンス・ギャラリーがあり、500年前の美しい女が微笑む。優美高妙、吟月弄風、夜の町を歩くと、眠れるヴィーナスが彷徨い歩く。夕暮れの彼方、美しい思い出。
黄昏時、夕暮れの光のなかで『理念を探求する精神史』を執筆する。美を求める旅は、精神の旅である。美の精神史の旅。時の彼方、回帰する時を超えて、イデアへの旅。理念を追求する精神を求めて旅に出る。理念を追求する精神は、現実と戦う。理念を追求する人は弾圧される。しかし、死を超えて、美しい魂は蘇り、戦いを始める。
メディチ家の悲劇。織田信長の悲劇。プラトンの悲劇。空海の旅。嵯峨天皇の隠遁。王羲之の蘭亭の曲水宴。魂の美を探求したレオナルド。知性の美を探求したミケランジェロ。理念を追求する人の戦い、天への祈り。
本能寺の幻の茶会、安土城の七層の天主、信長の果たさざる夢。メディチ家の果たさざる夢。ロレンツォの歌を思い出す。
ロレンツォ・デ・メディチ「謝肉祭のためのバッカスとアリアドネの勝利の歌」
青春とは何と美しいものか。だが見る間に過ぎ去ってしまう。美しい時を楽しみなさい。明日は定めなきものゆえ。
Quant’è bella giovinezza,
che si fugge tuttavia!
chi vuol esser lieto, sia:
di doman non c’è certezza.
Canzona di Bacco, Trionfo di Bacco e Arianna, 1490
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
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【織田信長と茶会 本能寺の変】天正十(1582)年、六月一日。織田信長は、本能寺で、茶会を開き、天下三肩衝を披露する予定だった。島井宗室が楢柴肩衝を信長に献上すべく訪れたのが本能寺の変の前日。『仙茶集』。本能寺の変により天下三肩衝を手に入れる夢は幻と消える。*初花肩衝、新田肩衝、楢柴肩衝。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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運慶の生涯 南都焼討、平家滅亡、頼朝の死から、承久の変まで
運慶は1150年ころ生まれた。1176年、デビュー作「大日如来像」を制作する。水晶に瞳を描いて裏からはめ込む技法「玉眼」、台座の裏に「大仏師康慶実弟子運慶」墨書銘があり日本美術史上、最初の作者の署名がある。1180年平重衡による南都焼き討ち、東大寺や興福寺が焼失した。1185年、平家滅亡。「見るべき程のことは見つ」平知盛『平家物語』。
1186年、北条時政の注文により「毘沙門天立像」(願成就院蔵)を制作。
1189年、浄楽寺「阿弥陀如来像」を鎌倉幕府の御家人、和田義盛の注文で制作する。
1203年、「東大寺南大門、金剛力士像 阿吽」を再建。慶派の仏師29人で、2ヶ月で完成させた。
1212年、興福寺北円堂で、運慶は弟子たちとともに9体の像を制作。残っているのは、本尊「弥勒如来坐像」、脇侍「無著菩薩立像」「世親菩薩立像」3体である。北円堂の造仏においては、運慶は大仏師として総監督を務めた。弥勒菩薩が56億7千万年後に成仏した姿。台座内枠に源慶、静慶、運賀、運助、運覚、湛慶、康弁、慶運、康勝ら慶派仏師の名が墨書されている。
【北円堂の謎】「四天王立像」(興福寺南円堂) 持国天、増長天、広目天、多聞天は、北円堂にあった可能性がある。大仏師、運慶の監督のもとに作られたか。1223年没。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
1、「運慶」東京国立博物館
http://bit.ly/2xK3Hlr
2、「茶の湯」東京国立博物館
茶の湯、東京国立博物館・・・曜変天目、漆黒の闇のなかに輝く瑠璃色の星
https://t.co/1SHDWqNRC0
3、「レオナルド×ミケランジェロ展」三菱一号館美術館
https://t.co/K67IitKt5r
4、「ティツィアーノとヴェネツィア派展」東京都美術館
https://t.co/jijpFTn66k
5、「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展」
https://t.co/fIWq6mj12v
6、「ボストン美術館の至宝展-東西の名品、珠玉のコレクション、東京都美術館
http://bit.ly/2fuf0ob
7、「怖い絵展」上野の森美術館
http://bit.ly/2z8eCTV
8、「新海誠展「ほしのこえ」から「君の名は。」まで」国立新美術館
http://bit.ly/2BlGm9L
9、「北斎とジャポニスム、国立西洋美術館
http://bit.ly/2lJOXz9
10、「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」東京都美術館
http://bit.ly/2zluV3g
「ベルギー奇想の系譜」Bunkamuraザ・ミュージアム
http://bit.ly/2u6J1nr
「雪村 奇想の誕生」東京藝術大学大学美術館
https://t.co/8RJpa0AwNi
「シャセリオー展」国立西洋美術館
https://t.co/eUkZk1RfaW
「アルチンボルド展」国立西洋美術館
http://bit.ly/2vterEw
「タイ~仏の国の輝き~」東京国立博物館
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-fbe5.html
「桃山の孤高の巨匠、海北友松」京都国立博物館
http://bit.ly/2qLIRvS
「ジャコメッティ展」国立新美術館
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-9849.html
「河鍋暁斎展 これぞ曉斎」Bunkamuraザ・ミュージアム
「春日大社展」東京国立博物館
「フランス人間国宝展」東京国立博物館
「ミュシャ展」国立新美術館
「狩野元信 天下を治めた絵師」サントリー美術館
「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」東京国立近代美術館
――
参考文献
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
メディチ家年代記 メディチ家礼拝堂の幽明境
https://t.co/jfr10GQn6W
メディチ家の容貌、ルネサンスの美貌 理念を追求する一族
http://bit.ly/2kSINKR
戦国武将、織田信長 骨肉の抗争
http://bit.ly/2l7FlKH
ハプスブルク帝国、ヴェラスケス、黄昏の光芒
http://bit.ly/2zGK4N2
ハプスブルク帝国年代記 王女マルガリータ、帝国の美と花
https://t.co/T2it2d8Zb1
旅する思想家、孔子、王羲之、空海と嵯峨天皇
http://bit.ly/2jcAF6D
大久保正雄「メディチ家とプラトンアカデミー」『ルネサンスの美と世界遺産』
世界遺産アカデミー
https://t.co/yxlgRpwirV
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-6a7d.html
「愛と美の迷宮、ルネサンス、メディチ家と織田信長」
https://t.co/J6q12oMYUX
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-77c0.html
藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女 印象派
http://bit.ly/2vfh8dP
http://bit.ly/2zgVKGe
――
【プラトン・アカデミー】コジモ・デ・メディチは、1439年ギリシア人哲学者からプラトン哲学の奥義を聴き、アカデミア・プラトニカ設立を思い立つ。
コジモ・デ・メディチは、1459年カレッジ別荘をマルシリオ・フィチーノに託す。アカデミア・プラトニカ始まる。
【プラトン・アカデミーの終焉】ロレンツォ1492年死去。ポリツィアーノ、ミランドラ、1494年、毒殺されて死す。フィチーノ1499年死去。
【レダ】レオナルド『レダ』17世紀1694年まで、フォンテーヌブロー宮殿所蔵品目録に存在した記録がある。

2017年12月 1日 (金)

大久保 正雄 著『ことばによる戦いの歴史としての哲学史 理性の微笑み』 理想社

Botticellinascitaveneresimonettaves201706160思想の歴史は、戦いの歴史である。思想の歴史は、物質主義と本質主義、経験主義と合理主義、義務倫理学と価値倫理学、全体主義と自由主義の二千年の戦いの歴史である。*大久保 正雄『ことばによる戦いの歴史としての哲学史』
――
大久保 正雄 著『ことばによる戦いの歴史としての哲学史 理性の微笑み』 理想社1993
第1章 ことばによる戦いの歴史としての哲学史
(人類の歴史は戦いの歴史である;
哲学の四つの問い;存在論、認識論、倫理学、人間学
学問は死闘である;
認識論の歴史;
倫理学の歴史;
愛と死)
第2章 理性の微笑み知の楷梯
(理性の探究 魂の自己探究の歴史―イオニア学派からソクラテスまで;
善と知と上昇をめぐる比喩;
経験主義と合理主義の戦い;
カントとドイツ観念論;
知の楷梯をいかにして昇るか
理性の探究の果てに;
知の楷梯)
第3章 魂の内なる戦い 愛と死の果てに
(魂の内なる戦い;
功利主義と義務論との戦い;
フランス革命宴の後;愛と死の果てに)
第4章 知と愛 知恵を愛し求めること
(ソクラテスの死;
問題と方法;
ソクラテスの知恵の吟味;
論駁の技術 ソクラテスの問答の展開パターン;知恵を愛し求める;
知と無知の狭間に;
知の迷宮;
美と善)
第5章 ひとの美しさの根拠 
魂の美学
飛花落葉 死の微笑み)
――
大久保 正雄 著書
大久保 正雄『ことばによる戦いの歴史としての哲學史 理性の微笑み』理想社1993、4月
http://amzn.to/2zPb5io
ISBN-10: 4906421024
ISBN-13: 978-4906421022
――
大久保正雄 著作目録1 哲学編 
http://bit.ly/2AgBWnr

大久保正雄 著作目録2 美学・美術史
http://bit.ly/2vz6Gcd

――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
人が本当に見ることができるのは心によってだけである。本質は、目で見えない。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』

2017年11月25日 (土)

新海誠展「ほしのこえ」から「君の名は。」まで・・・夢と知りせば、覚めざらましを

Shinkai20171111大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第130回
秋晴の昼、美術館に行く。現実の世界ではありえない映像美。夢の中で出会う二人。千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。奇妙な夢を見る。
新海誠監督の「ほしのこえ」2002「雲のむこう、約束の場所」2004「秒速5センチメートル」2007「星を追う子ども」2011「言の葉の庭」2013「君の名は。」2016。1000点の厖大な展示である。美しい映像、悲しい恋の物語。若い人へのメッセージがある。人間はつねに可能性の一歩手前で生きている。何か起きるかもしれないその前日が今。夢の中で出会う二人。「思いつつ寝ればや 人の見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを 小野小町」『古今和歌集』<夢の中で愛しい人を見た、夢と知っていたならばもう少し夢を見ていたかった。>『古今和歌集』を参考に「君の名は。」の物語の着想を思いついた。空と背景を描くこだわりがある。印象的な空。空だけの場面もある。現実の世界の空は太陽が一つだが、太陽の位置、数を固定しない。一番美しい時間帯の空と、一番美しい時間帯の地上を組み合わせる。幻想的な映像を生みだす秘密は太陽の数にある。現実の世界ではありえないような様々な位置から太陽光を照らす。2つの太陽光が同一場面にある。
新海誠の物語はすべて「美しく壮大な世界ですれちがう男女の物語」「人と人が出会い、そしてすれちがい、揺れ動く心模様」を表現している。
「物語は、比喩、メタファーであり、時代と空間を、別の所に舞台を設定することができる」(カズオ・イシグロの言葉)を思い出す。
「皆、救いを求めて旅に出たのだ。誰に止めることができよう」「喪失を抱えて、なお生きろという声が聞こえた。お前にも聞こえた。それが人に与えられた呪いだ。でもきっとそれは祝福でもあるんだと思う。」**「星を追う子ども」
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
――
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
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文学は、作りものであり、虚構で、事実ではない。だが、文学作品は、比喩、メタファーであり、人の心情を理解し共感することができる。『日の名残り』は、執事の姿を通じて職務に殉じて個をなくす人の比喩である。完璧な執事になりたがっている男、個人を犠牲にすると、アイディアを要約できる。時代と空間を、別の所に舞台設定を設定することができる。『私を離さないで』では、舞台設定を3回変更した。「人のいのちには限りがある」「いのちとは何か」を考えた。*『カズオ・イシグロ 文学白熱教室』
――
物事をあまりに詳密に扱おうとする結果、人物の姿形よりも遠近画法により注意を払う人は、側面描写の多い、無味乾燥な描き方に陥ってしまう。それでそうした人々は、パオロ・ウッチェロのように、孤独で、奇妙で、憂鬱で、貧乏な人になってしまうことがまことに多いのである。ヴァザーリ『芸術家列伝』
――
アニメーション監督・新海誠のデビュー15周年を記念し、『新海誠展「ほしのこえ」から「君の名は。」まで』を開催します。
新海誠の作品は“ 美しく壮大な世界ですれちがう男女の物語”を描くことで人間の本質に迫ります。人と人が出会い、そしてすれちがい、揺れ動く心模様を、完成度の高い物語に結晶させ、登場人物やその世界を鮮やかに描き出す作品群は、世代や国境を超えて多くの人々を引きつけています。
本展は貴重な制作資料である絵コンテや作画、設定資料や映像などの展示を通じて、そうした新海誠の15年の軌跡を振り返ります。そのほとんどの作業を1人で手掛けたデビュー作「ほしのこえ」から、集団制作に挑み初長編作品にして毎日映画コンクール・アニメーション映画賞を受賞した「雲のむこう、約束の場所」、単館上映ながら異例のロングランとなり、今なお熱狂的に語り継がれる「秒速5センチメートル」、本格ジュブナイルファンタジーに挑んだ「星を追う子ども」、デジタル時代の映像文学と言うべき「言の葉の庭」、そして記録的な大ヒットとなった最新作「君の名は。」までを完全網羅し、新海誠のアニメーション作品の魅力に迫ります。国立新美術館
http://www.nact.jp/exhibition_special/2017/shinkaimakoto/
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国立新美術館開館10周年
新海誠展「ほしのこえ」から「君の名は。」まで
2017年11月11日(土)~12月18日(月)

2017年11月 6日 (月)

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」・・・藝術家と運命の戦い

20171024大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第129回
嵐の過ぎ去った午後、枯れ葉が舞う森を歩いて美術館に行く。
ファン・ゴッホにとって、浮世絵は理想郷の異界、理想郷を求めてアルルに旅立った。
1880年代のパリは、ジャポニスム(日本趣味)の最盛期。ファン・ゴッホがパリに出てきた1886年『パリ・イリュストレ』誌の日本特集号が出版される。ゴッホはこの表紙の英泉の花魁図を模写して『花魁』に描き込む。浮世絵の中の鮮やかな色彩世界を求めて、「フランスにおける日本」南仏へと旅立つ。
藝術家は、運命と戦う。運命とは何か。藝術家は、魂の深淵を覗く。智と愛と血の深淵。
ゴッホは、33歳から37歳に、傑作が描かれる。
ゴッホは、なぜアルル時代からオーヴェール・シュル・オワーズ時代が最盛期なのか。
ゴッホは、なぜ耳を切ったのか。なぜ自殺したのか。ゴッホは、何に苦悩したのか。
藝術家は、魂の深淵を覗く。藝術家は、心に地獄を抱えている。苦悩する魂を救うものは何か。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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ゴッホとアルル
ファン・ゴッホは1888年2月20日の早朝、アルルに着く。列車の車中での気持ちをゴーガンにこう伝える。「この冬、パリからアルルへと向かう旅の途上でおぼえた胸の高鳴りは、今もいきいきと僕の記憶に残っている。「日本にもう着くか、もう着くか」と心おどらせていた。子供みたいに。」

1853年、オランダ南部のフロート・ズンデルトに生まれる。
1869(16歳)、グーピル画廊のハーグ支店に就職する。1876(23歳)グーピル画廊を解雇される。
1878(25歳)、ブリュッセルの伝道師養成学校に仮入学するが正規入学は認められない。
1879(26歳)、ベルギーのボリナージュ炭鉱で伝道活動を行うが、常軌を逸した活動。資格を停止される。
1880(27歳)、画家になる決心を固める。
1886(33歳)1月、アントウェルペンの王立美術アカデミーに入る。
1886年、2月末、突然パリの弟テオのもとにやって来る。ゴッホ、33歳でパリに移住する。印象派の画家と浮世絵に出会う。
1886年5月、『パリ・イリュストレ』日本特集号が出版される。
1887(34歳)、 カフェ「ル・タンブラン」浮世絵展を開く。ビングの店で大量の浮世絵を研究。英泉の《花魁》、広重の《亀戸梅屋舗》《大はしあたけの夕立》を模写。
ゴッホ、35歳でアルルに移住する。10月、「黄色い家」でのゴーガンとの共同生活が始まる。
1888年12月、(35歳)「耳切り事件」。1年2か月アルルに住む。
ゴッホ、36歳でサン・レミの病院に移住する。
1890年(37歳)、ゴッホ、37歳5月、パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズに移る。医師ポール=フェルディナン・ガシェが主治医になる。
7月27日、銃弾を受けて負傷。
7月29日、テオに看取られて永眠。
7月30日、オーヴェール=シュル=オワーズの墓地に埋葬される。
*『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』図録より
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美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
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展示作品の一部
フィンセント・ファン・ゴッホ「花魁(溪斎英泉による)」1887年 油彩・綿布 ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵
溪斎英泉「雲龍打掛の花魁」1820~1830年代 木版、紙(縦大判錦絵、縦2枚続)千葉市美術館蔵
安藤広重「亀戸梅屋敷」1857
フィンセント・ファン・ゴッホ「寝室」1888年 油彩・カンヴァス ファン・ゴッホ美術館
ゴッホ「雪景色」1888年 油彩・カンヴァス 個人蔵
フィンセント・ファン・ゴッホ「アイリスの咲くアルル風景」1888年 油彩・カンヴァス  ファン・ゴッホ美術館
「夾竹桃と本のある静物」1888年 油彩・カンヴァス メトロポリタン美術館蔵(ジョン・L.・ローブ夫妻寄贈)
「オリーヴ園」1889年 油彩・カンヴァス クレラー=ミュラー美術館蔵
「ポプラ林の中の二人」1890年 油彩・カンヴァス シンシナティ美術館蔵
式場隆三郎『ファン・ゴッホの生涯と精神病』1932
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参考文献
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女 印象派編
http://bit.ly/2vfh8dP
http://bit.ly/2zgVKGe
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★「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」、Van Gogh & Japan、東京都美術館
2017年10月24日(火)~2018年1月8日(月・祝)
http://www.tobikan.jp/exhibition/2017_goghandjapan.html
東京都美術館、2017年10月24日(火)~2018年1月8日(月・祝)
京都国立近代美術館、2018年1月20日(土)~3月4日(日)

2017年11月 3日 (金)

北斎とジャポニスム、国立西洋美術館・・・『富嶽三十六景』『北斎漫画』

20171021大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第128回
枯れ葉舞う秋、嵐の森を歩いて美術館に行く。葛飾北斎(1760-1849)は、印象派の画家、モネ、ゴッホ、スーラ、アールヌーヴォーの藝術家らに影響を与えた。絵手本『北斎漫画』(全十五編)は、象徴主義のギュスターヴ・モローも所有していた。大胆な構図、花鳥画、名所絵、美人画の及ぶ画題が、印象派の画家たちに学ばれた。日本美術、浮世絵は、1850年代から外交官が来日し、1867年のパリ万博で広められ、ジャポニスムが起きる。
『富嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」(天保元-4年(1830-33))は、ドビュッシー交響詩『海』(1905)など、世界中に影響を与えた。
『江戸の誘惑』で北斎を見たのを思い出す。北斎の最高傑作、『鳳凰図屏風』『李白観瀑図』は、ボストン美術館所蔵肉筆浮世絵展『江戸の誘惑』で展示された。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
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葛飾北斎と波瀾の人生
葛飾北斎、三十歳で貧困、苦節四十年。引越し九十三回、画号30回改名。九十歳で亡くなるまで絵画を追求する。
葛飾北斎は、十九歳で勝川春章に弟子入り、翌安永八年〈一七七九)春朗の名で役者似顔絵を発表、二十歳で浮世絵師になる。鳴かず飛ばず。三十歳で貧困、他流派に学ぶ。
葛飾北斎、苦節四十年。72歳で『富嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」。75歳で傑作『鳳凰図屏風』を描く。
葛飾北斎と波
北斎は、雌伏の時代、波を描いた。『江ノ島春望』大英博物館蔵、北斎44歳の時、『賀奈川沖本杢之図』1803(享和3)年。北斎46歳で描いた『おしおくりはとうつうせんのづ』1805(文化2)年。
北斎は、六十歳で、脳卒中になり、柚子を食し自分で治療する。
北斎『諸国瀧巡り』(天保4年から天保8年(1833-1837))は、水の本質を探求した。
葛飾北斎、北斎辰政の意味
「葛飾北斎」を名乗っていたのは曲亭馬琴と組んだ一時期で『新編水滸画伝』『近世怪談霜夜之星』『椿説弓張月』などの作品を発表、馬琴とともにその名を一躍不動のものとした。北斎は何度も改名しているが「北斎辰政」という名前は大切にしていた。「北辰」は北極星を意味する。
画狂老人卍、七十五歳の北斎
天保五(一八三四)年から、先生は再び名前を変え、「画狂老人卍」という号を用いる。七十五歳の時に、『富嶽百景』「海上の不二」、『鳳凰図屏風』(1834)を描く。
天保の改革(1830~44)で贅沢禁止令、北斎は、貧困に陥る。
北斎は、三女葛飾応為とともに、83歳から89歳まで4回、小布施に行き高井鴻山の下に行く。『祭屋台天井絵『怒涛図』男浪、女浪』(小布施町上町自治会蔵)を描く。
北斎、九十歳
北斎は、九十歳で『富士越龍図』『李白観瀑図』1849年を描く。「齢九十歳 画狂老人卍筆」と記されている。
北斎、最期の言葉は「天我をして五年後の命を保ためしハ真正の画工となるを得べし」。嘉永二(一八四九)年四月十八日、没す。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『北斎は天翔ける。美の天に向かって 不死鳥の画家、北斎』2015
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美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命の戦い 藝術家と運命の女』
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展示作品の一部
葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」天保元-4年(1830-33)頃 横大判錦絵 オーストリア応用美術館、ウィーン
葛飾北斎『北斎漫画』十三編(部分)1849 浦上蒼穹堂
エミール・ガレ『双耳鉢 鯉』1878
葛飾北斎「冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷」天保元-4年(1830-33)頃 横大判錦絵 ミネアポリス美術館
クロード・モネ「陽を浴びるポプラ並木」1891年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館
葛飾北斎『北斎漫画』十一編(部分) 刊年不詳 浦上蒼穹堂
エドガー・ドガ「踊り子たち、ピンクと緑」1894年 パステル、紙(ボード裏 打) 66 x 47cm 吉野石膏株式会社
葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二」天保元-4年(1830-33)頃 横大判錦絵 オーストリア応用美術館
ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山」1886-87年 油彩、カンヴァス フィリップス・コレクション、ワシントンD.C
葛飾北斎「牡丹に蝶」天保2-4年(1831-33)頃 横大判錦絵 ミネアポリス美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ「ばら」1889年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館
葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州江尻」天保元-4年(1830-33)頃 横大判錦絵 オーストリア応用美術館、ウィーン
カミーユ・ピサロ「モンフーコーの冬の池、雪の効果」1875年 油彩、カンヴァス 公益財団法人 吉野石膏美術振興財団(山形美術館寄託)
葛飾北斎「おしをくりはとうつうせんのづ」文化初期(1804-07)頃 横中判錦絵 名古屋市博物館
ジョルジュ・スーラ「とがったオック岬、グランカン」1885年 油彩、カンヴァス テート、ロンドン
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19世紀後半、日本の美術が、西洋で新しい表現を求める芸術家たちを魅了し、“ジャポニスム”という現象が生まれました。なかでも最も注目されたのが、天才浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)。その影響は、モネやドガら印象派の画家をはじめとして欧米の全域にわたり、絵画、版画、彫刻、ポスター、装飾工芸などあらゆる分野に及びました。
本展は西洋近代芸術の展開を“北斎とジャポニスム”という観点から編み直す、日本発・世界初の展覧会です。国内外の美術館や個人コレクターが所蔵するモネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンをふくめた西洋の名作約220点と、北斎の錦絵約40点、版本約70点の計約110点(出品点数は予定、会期中展示替えあり)を比較しながら展示します。北斎という異文化との出会いによって生み出された西洋美術の傑作の数々を堪能しながら、西洋の芸術家の眼を通して北斎の新たな魅力も感じていただけることでしょう。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2017hokusai.html
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★北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃、国立西洋美術館
2017年10月21日(土)~2018年1月28日(日)
*ボストン美術館所蔵肉筆浮世絵展『江戸の誘惑』(2006)

2017年10月14日 (土)

怖い絵展、上野の森美術館・・・異界と幻視、崇高の風景

Kowaie20171007大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第127回
処刑された若き女王、魔女、妖精、夢魔、血まみれメアリー、切り裂きジャック、崇高な城の廃墟。19世紀エリザベス朝の大英帝国の妖精画家たちの幻想。中野京子『怖い絵』(2007)にもとずく美術展。神話と聖書、悪魔、地獄、怪物、異界と幻視、崇高の風景。チャールズ・シムズ『そして妖精たちは服をもって逃げた』(1918)には、画家の運命が秘められている。
陰惨、悲惨、怪奇な絵画に満ちた不気味な美術館。恐怖と怪奇を好む女性が雲霞のごとく集まる。魑魅魍魎に取りつかれた少女、幻想界に生きる異界マダムが蝟集する。病んだ女性は、嫉妬、愛憎、残酷、恐怖を好む。美内すずえ『ガラスの仮面』1976、秋吉理香子『ジゼル』2015、塩野七生『チェーザレ・ボルジア優雅なる冷酷』1970、『ヴェルサイユのばら』1978。
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ポール・ドラローシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」(1833)
黒い闇、ジェーンの若々しい白い肌、サテンの純白ドレス。白と黒の対比。床には血を吸うために敷かれた藁。布で目隠しをされたジェーン、斬首台に導く司祭。右側に斧を手に立つ死刑執行人、左側に侍女らが泣く。
16歳で断頭台に散った9日間の若き女王レディ・ジェーン・グレイ。エリザベス1世が即位する4年前1554年2月。ロンドン塔に幽閉されていた「前女王」が処刑された。反逆罪で投獄され、カトリックへの改宗を拒んだため7カ月後、ロンドン塔の断頭台に散った。16歳4か月。
ヘンリー8世の姪の娘ジェーンは、父と舅の野心の犠牲となって女王に即位させられ、権力闘争と宗教対立の歴史の荒波に翻弄される。メアリー1世死後、カトリック復帰運動は沈下し英国国教会は国家宗教として確立。
ブラッディ・マリー、血まみれメアリー
イングランド女王メアリー1世(1516~58年)の異名である。カトリックのメアリーは300人のプロテスタントを処刑した.。「血まみれメアリー」と呼ばれた。即位後、最初に処刑したのが自分より先に「イングランド初の女王」を宣言したジェーン・グレイ(1537~54年)。
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美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
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展示作品の一部
ポール・ドラローシュPaul Delaroche「レディ・ジェーン・グレイの処刑」1833
ハーバート・ジェイムズ・ドレイパーHerbert Draper「オデュッセウスとセイレーン」1910
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスJohn William Waterhouse「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」1891
チャールズ・シムズ『そして妖精たちは服をもって逃げた』1918
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展示は「神話と聖書」「悪魔、地獄、怪物」「異界と幻視」「現実」「崇高の風景」「歴史」の6つのテーマで構成され、視覚的な怖さだけではない様々なタイプの「恐怖」を表現した作品が並ぶ。さらに、一部の作品の横には「中野京子’s eye」として作品を読み解くためのヒントも記されており、より想像力を広げて、作品が持つ恐怖の世界を味わうことができる。女優の吉田羊とのトークセッションで「なぜ『恐怖』をテーマに選んだのか」という吉田の問いに対し、中野は「恐怖は動物のDNAに刻み込まれたもので、恐怖があることで生き延びてきた。だから様々な恐怖のバリエーションが絵画に表現されている」と語った。
『美術手帖』恐怖を切り口に名画を読み解く「怖い絵」展が東京へ - 美術手帖
https://bijutsutecho.com/news/8015/
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怖い絵展、上野の森美術館2017年10月7日(土)~12月17日(日
http://www.kowaie.com/sakuhin.html

2017年9月29日 (金)

「運慶」 東京国立博物館・・・魂の深淵

Unkei2017大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第126回
秋の午後、銀杏の森を歩いて博物館に行く。運慶の全作品31点のうち22点が勢揃いする。
運慶の魂の深淵にあるものは、何か。魂は何に葛藤したのか。20代の運慶が作った「大日如来」と、40代の運慶が作った「大日如来」との間にある時間は何を意味するのか。
「金剛力士像 阿吽、東大寺南大門」制作に挑む運慶は、怪物に挑む者のようだ。
怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが深淵を覗くならば、深淵もまたおまえを見返すのだ。(『善悪の彼岸』146節)
平安後期の定朝様式、平等院鳳凰堂、阿弥陀如来。これに革命をもたらしたのが奈良仏師、康慶・運慶親子による慶派。玉眼を入れる写実的でリアリティある造形、筋肉描写が力強く衣の襞の彫りが深い。運慶の最初の作品は、「大日如来坐像」(圓城寺1176)。一年かけて一人で製作した。
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「大日如来坐像」(光得寺)、光背の太陽光線、雲に乗る菩薩、蓮華座の4頭の獅子、蓮弁の水の滴り。運慶「大日如来」(光得寺)、鑁阿寺より伝来。1196年(建久7年)。足利義兼が制作依頼した像で、義兼が自ら背負って諸国を歩いたとされる。
運慶は、建久八年(1197)、東寺講堂(839)の立体曼荼羅の二十一体を修復した。このとき、三百年前の奈良仏師の息づかいに触れ、弘仁貞観の密教仏から学んだ。東寺の立体曼荼羅は、雲に乗る36躯体の菩薩、蓮華座の8頭の獅子、中心に大日如来、「金剛界曼荼羅」成身会を表している。
「毘沙門天立像」(願成就院蔵)鎌倉時代・文治2年(1186)を作ったころから、運慶の作風は研ぎ澄まされたようだ。
運慶の刻印として仏像の内側に納められている「像内納入品」、「五輪塔」、「心月輪」は何を意味するのか。
興福寺北円堂の無著・世親菩薩立像(1212年)は、日本彫刻史上の最高傑作といわれる。
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平重衡による南都焼討1180年、興福寺が全焼、東大寺は主要伽藍が焼け落ちる。平家、壇ノ浦にて滅亡1185年。承久の変1221年、北条義時が後鳥羽上皇を破る。激動の嵐のなかで、運慶は何を考えたのか。
藤原定家、妖艶の極致を示す御室五十首の歌は、建久七年の政変(1196年11月)の無慚の世の不遇の中で詠まれた。 
春の夜のゆめのうき橋とだえして峰にわかるる横雲のそら 新古今三八
藤原定家、御室五十首は、憂愁と妖艶の極致である。

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美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
大久保正雄『藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女』
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アレクサンドロス大王の東征によって、ガンダーラ彫刻が生まれ、南北朝の北魏様式、飛鳥白鳳の彫刻に辿りついた。
飛鳥文化、白鳳文化、天平文化、弘仁貞観文化、国風文化、彫刻史を顧みると、思い出す。
法隆寺夢殿救世観音菩薩像、薬師寺金堂薬師三尊像、東大寺法華堂、不空検索観音、日光月光菩薩像、東寺講堂立体曼荼羅、仁王経曼荼羅の二十一体の仏像。平等院鳳凰堂雲中供養菩薩像。
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運慶(生年不詳 1150- 貞応2年12月11日(1224年1月3日))73歳で亡くなる。
定朝の流派は、3つに分かれる。院派、円派、奈良仏師。慶派は、定朝の孫弟子、頼助から始まる奈良仏師の流派である。慶派の祖、康慶の子、運慶。
運慶の父・康慶、運慶の実子・湛慶、康弁ら親子3代が慶派の盛期である。
運慶・快慶「東大寺南大門、金剛力士像 阿吽」1203、湛慶「蓮華王院、千眼千手菩薩像」、慶派の頂点である。
「四天王立像」(興福寺南円堂)は、運慶の父・康慶の作とされてきたが、運慶作と判明している興福寺北円堂の無著・世親陵菩薩立像などと同じ桂材製であることから、運慶作の可能性がある。
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展示作品の一部
国宝 大日如来坐像、 運慶作、平安時代・安元2年(1176)、円成寺蔵
重要文化財 仏頭、運慶作、鎌倉時代・文治2年(1186)、興福寺蔵
国宝 運慶願経(法華経巻第八)、平安時代・寿永2年(1183)
国宝 毘沙門天立像、運慶作、鎌倉時代・文治2年(1186)、静岡・願成就院蔵
国宝 八大童子立像のうち恵光童子・制多伽童子、運慶作、鎌倉時代・建久8年(1197)頃、和歌山・金剛峯寺蔵
重要文化財 阿弥陀如来坐像および両脇侍立像、重要文化財 不動明王立像、重要文化財 毘沙門天立像、運慶作、鎌倉時代・文治5年(1189)、神奈川・浄楽寺蔵
国宝 無著菩薩立像・世親菩薩立像、運慶作、鎌倉時代・建暦2年(1212)頃、興福寺蔵
重要文化財 聖観音菩薩立像、運慶・湛慶作、鎌倉時代・正治3年(1201)頃、愛知・瀧山寺蔵
重要文化財 十二神将立像、京都・浄瑠璃寺伝来、鎌倉時代・13世紀
静嘉堂文庫美術館蔵(子神・丑神・寅神・卯神・午神・酉神・亥神)
東京国立博物館蔵(辰神・巳神・未神・申神・戌神)
国宝 天燈鬼立像・龍燈鬼立像、康弁作(龍燈鬼立像)、鎌倉時代・建保3年(1215)、興福寺蔵
大日如来坐像  1軀 鎌倉時代・12~13世紀 栃木・光得寺
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★ 特別展「運慶」 東京国立博物館、 平成館 特別展示室
2017年9月26日(火) ~ 2017年11月26日(日)
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運慶の生年は不明ですが、息子・湛慶が承安3年(1173)生まれであること、処女作と見られる円成寺の大日如来坐像(国宝)を安元元年(1175)に着手していることから、おおよそ1150年頃と考えられます。平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像(国宝、天喜元年(1053))の作者である大仏師・定朝から仏師集団は三つの系統に分かれましたが、運慶の父・康慶は興福寺周辺を拠点にした奈良仏師に属していました。院派、円派の保守的な作風に対して、奈良仏師は新たな造形を開発しようとする気概があったようです。ここでは、運慶の父あるいはその師匠の造った像と、若き運慶の作品を展示し、運慶独自の造形がどのように生まれたのか、その源流をたどる。東京国立博物館
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1861

2017年8月26日 (土)

藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女

Georges_seurat__un_dimanche_aprsmid大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』第124回 ジョルジュ・スーラ
藝術と運命との戦い、藝術家と運命の女
師のいない未知の世界に冒険した藝術家。世界を旅し、旅路で果てた画家。過酷な運命との戦い、貧乏な藝術家たち。世に受け入れられなかった藝術家たち。苦悩のた画家たちは、何と戦い、何に復讐しようとしたのか。
ジョルジュ・スーラは、不朽の絵画『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を構築した。モネは運命の女、カミーユに出逢う。
運命の女。藝術家たちを救う女神は、どこにいるのか。美しい女神が、舞い降りる。
デ・キリコ、ダリ、ポール・デルボー、ルネ・マグリット、ピカソ。
―――
美しい夕暮れ。美しい魂に、幸運の女神が舞い降りる。美しい守護霊が救う。美しい魂は、輝く天の仕事をなす。
大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』
―――
藝術家は運命と戦う。藝術家は運命に苦悩する。運命との戦いの中から藝術は生まれる。
藝術家は、運命の女と出会う。運命の恋人は女神である。運命の愛から、藝術は生まれる。
*大久保正雄『藝術と運命との戦い』
大久保正雄『藝術家と運命の愛』
よい師に出会うことは人生において重要である。だが、求めて優れた師に出会うことはまれである。どんなに絶望的な状況でも、知性をもって、戦い続けることだ。『旅する哲学者 美への旅』
*大久保正雄『旅する哲学者 美への旅』より
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
―――
ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat, 1859-1891)
ジョルジュ・スーラは、点描画を極め、天才的な才能をあらわしたが、世に認められず。25歳で傑作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』1884を2年かけて描く。「パリ近郊のセーヌ川の中州で夏の一日を過ごす人々」を描いた。60人以上の人が描かれている。1886年5月、第8回印象派展(最後の印象派展)に出品された。「新印象派」neo-impressionismeという名称は、この作品を見た批評家フェリックス・フェネオンが記事の中で最初に使った。筆触分割と補色対比、点描画法の第一人者。モネに嫉妬された。31歳で死す。秘密主義を貫き、私生活の多くは謎である。病死であるが、死因も不明である。作品は、8点残した。
モネと運命の女、カミーユ
モネは、『印象、日の出』1872を描き、印象派impressionismeの祖と曲解された。
1879年、ヴェトゥイユでカミーユ・モネは32歳の若さで夭折。妻カミーユの死後、富裕な人生を歩む。ジョルジュ・スーラなき後、スーラの技法を用いて、画家として成功した。富裕になり贅沢な生活を送った。晩年、若死にしたスーラの呪縛で悩まされたが、富裕な後半生を生きた。
グランド・ジャット島の日曜日の午後 (1884-86)(シカゴ美術館)
アニエールの水浴 (1883-84)(ロンドン、ナショナルギャラリー)
サーカス (1890-91)(オルセー美術館)
ポーズする女(正面)(1886-87)(オルセー美術館)
ポール・アン・ベッサンの外港 (1888)(オルセー美術館)
アンサンブル(サーカスの客寄せ)(1887)(メナード美術館)
Sunday Afternoon on the Island of la Grande Jatte,1884- 1886
Port En Bessin Entrance To The Outer Harbor,1888
Claude Monet, 1840- 1926、86歳で死ぬ。
クロード・モネClaude Monet, 1840- 1926、86歳で死ぬ。
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参考文献
ハーヨ・デュヒティング『ジョルジュ・スーラ-1859-1891 点に要約された絵画- 』タッシェン・ジャパン2000
パスカル・ボナフー『ゴッホ―燃え上がる色彩』知の再発見双書
ゴッホ『星月夜』・・・生命の糸杉と天への回帰
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-16aa.html
没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった、国立新美術館
2010年10月1日(金)~12月20日(月)まで
印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで、国立新美術館、2013年10月4日(金)~12月23日(月・祝)
http://mediterranean.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-5ed6.html
クロード・モネ『日傘の女』・・・カミーユの愛と死
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-2d7c.html
新印象派―光と色のドラマ、東京都美術館
http://www.tobikan.jp/exhibition/h26_neoimpressionism.html
ベルギー、奇想の系譜、ザ・ミュージアム・・・怪奇と幻想うごめくフランドル
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-09fb.html
シュールレアリスムの夢と美女、藝術家と運命の女
http://platonacademy.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-62f4.html
『地中海紀行、旅する哲学者 美への旅』第124回

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